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東京高等裁判所 昭和45年(ラ)685号 決定

再抗告人 本田久子

相手方 小沢敏彦

主文

本件再抗告を棄却する。

申立費用は再抗告人の負担とする。

理由

本件再抗告の趣旨は、(一)原決定および第一審決定を取消す。本件申立を却下する。申立費用、抗告費用および再抗告費用は相手方の負担とするとの決定を求める。(二)(予備的申立)原決定を取消す。抗告費用および再抗告費用は相手方の負担とするとの決定を求める。というのであり、再抗告理由は別紙記載のとおりである。

再抗告理由第一について

執行債権者が強制執行完了までに執行費用の取立ができなかつた場合は、執行費用額確定の利益があるのが通常であるから、この場合執行債権者は民事訴訟法第一〇〇条の規定にしたがい、第一審の受訴裁判所に対して執行費用額確定を求める申立をすることができると解する。所論は右と異なる見解のもとに原決定を非難するものであつて、採用することができない。

再抗告理由第二について

原審が本件の審理に際して証人二名を呼出し、証拠調期日においてこれを尋問し、右証人尋問の結果を事実認定の資料としていることは、原審記録ならびに決定書の内容から明らかなところである。ところで民事訴訟法第一〇〇条を適用して行なう執行費用額確定決定の手続は、同条の記載からみて、立証は疎明をもつて足るといわなければならないのに、原審のした証人尋問は疎明ということはできないから、手続上は違式といわざるをえない。しかし本件手続は、保全訴訟手続のように急速な判断を要請されるものとは異なり、絶対に証明を許さないものとは考えられないから、原審が右証人尋問の結果を事実認定の資料としたことをもつて、ただちに違法と断ずることは相当でなく、再抗告人の主張は速断であつて賛同できない。

よつて本件再抗告は理由がないから棄却することとし、主文のように決定する。

(裁判官 近藤完爾 田嶋重徳 吉江清景)

(別紙) 再抗告理由書

第一、原決定及第一審決定を取消し本件申立の却下を求むる理由

一、我民事訴訟法は「訴訟費用」と「強制執行費用」とは峻別して規定を設けた。即ちその第一編には第八九条以下に之が負担に関して規定し、同第一〇〇条以下にその数額を確定する手続を定めたのであるが、第六編強制執行に関しては右第一編の規定を準用する規定を存せずして、特に第五五四条を設け、執行費用の負担者は債務者と定め、且つその費用は必要なりし部分に限り強制執行を受くる請求と同時に之を取立つべし、と規定する。即ち強制執行費用は別に債務名義を要せずして、当該執行官の認定権限に委せられ、之以外の手続により債務者に之が負担を命ぜられることは法令の根拠なきものと謂はなくてはならぬ。

斯の如く法の立前は両者厳然と区別しているに拘らず第一審は輙く民訴法第一〇〇条以下の規定に従い本件申立を審理し、原審も亦之に従つて裁判をなし、本件決定をなしたものであるから、明かなる法令の違背があるものと謂はなくてはならぬ。仍て掲題再抗告の趣旨のとおりの裁判を求める。

二、仮りに原決定の見解の如く執行費用も広義の訴訟費用に属すると解し、民訴法第一〇〇条以下が適用せられるとして、右第一〇〇条に所謂「第一審の受訴裁判所」(之は専属管轄である)を如何に解釈すべきか。

強制執行は訴訟手続を離れた全然別途の司法上の手続であるが故に、その費用も亦彼此何ら相関せざる別個のものである。換言すれば強制執行については、その基本たる債務名義を形成した第一審受訴裁判所は全く無縁であつて何等之に関与せず記録其の他何等の資料も有しないのに執行費用額を確定することは極めて不自然、不合理であり、法的根拠も実体的理由も存しないのである。故に若し執行費用につき民訴法第一〇〇条以下を準用若くは類推すべしとするならば、その「第一審受訴裁判所」は「執行裁判所」と読み替へられなければならない。民訴法第五四三条、第五六三条の規定の趣旨に徴しても執行費用額を審理確定する手続は執行裁判所に専属管轄が存するものと解しなければならない。蓋し前述の如く執行に関する記録其の他の資料を所管するのは執行裁判所所属の執行官(民訴法第五四三条第二項)であり之等の資料は其の費用確定につき必須基本たるものだからである。訴訟費用額確定につき第一審受訴裁判所を専属管轄とする理由も訴訟記録の存在を要件とするからである。

原審は右の見解に対して、執行裁判所は、「必ずしも当該執行手続の実施機関でもなく、また本案の請求の審判手続と何等の関係もない執行裁判所を常に第一審の受訴裁判所に当るもの」とすることは、理論的根拠が薄弱で、便宜的にすぎる解釈である、とする(理由三枚目裏六行目「また」以下)然しながら「当該執行手続の実施機関」(執行官)は執行裁判所に所属する機関であることに重要な関係があるのであつて、強制執行は「本案請求の審判」とは全く無関係であるが執行裁判所とは密接な関係があるのである。従つて執行費用は執行実施機関と密接な関係のある執行裁判所の管轄であるべき筈であつて、執行と全然無関係の第一審受訴裁判所が之を管轄すべき何等の理由はないのである。

右判示の立論は論理の形体をなさず全く無根拠の理論であつて、又之によるときは後述の如く実務上も手数の繁雑と無用の費用を要することになり、執行裁判所を管轄裁判所とすることは「便宜的にすぎる」のではなくて、「便宜的」であることが重要なる理論的根拠をなすものである。

然るに本件は管轄権なき東京簡易裁判所において審理が開始せられ、不合理にも申立人をして、事件の性質上裁判所が当然に配備すべき必須基本の資料たる執行記録の取寄申立をなさしめたのである。之は当然裁判所が職権を以て取寄せるべきであつて、之を当事者に申請せしむるは不法である。而かも此の不法手続に要したる費用は再抗告人の負担になつたのである。(原決定添付の費用明細書第二、一(二)及二(二))例之、第一審東京地方裁判所の確定判決に基く強制執行が、札幌地方裁判所を執行裁判所として行はれた場合(民訴第五四三条第二項)執行費用確定の裁判を東京地方裁判所にて審理することを想定すれば、実務上如何に繁雑なる手数と不当の費用を要するか、殊に原審が証人として執行担当の執行官及執行に関与した人夫手配師を喚問し繁雑なる審理手数をなした事実等に徴するときは蓋し思半に過ぎるものがあるであらう。本件強制執行は東京地方裁判所を執行裁判所として行はれたものであるから、その執行費用額確定の裁判は東京地方裁判所の専属管轄である。然るに本件は管轄権なき東京簡易裁判所において審理せられ、原審も亦之を継続審理して決定をなしたものであるから、該決定は当然不法無効というの外はない。原決定及第一審決定は取消し本件申立は却下せらるべきものと信ずる。

第二、再抗告の趣旨の予備的申立(原決定を取消す)の理由

一、百歩を譲り、本件執行費用額確定の手続に民訴法第一〇〇条以下の適用ありとし、且つ第一審受訴裁判所に管轄権があると解せられるとしても、原決定の費用額の確定(人夫賃)は違法である。その所以を次項以下に開陳する。

二、執行費用額確定に当つては、その審理に凡そ左の制約が存する。

(1)  本来執行費用は民訴法第五五四条の特則により「必要なりし部分に限り」執行官の職権認定に委せられ、その取立をなし得るのであるから、之は厳重に解し一目瞭然たる費用でなくてはならぬ。原決定はいしくも「執行手続は定型化せられているので、一般的にはその費用も自ら一定し、特に当事者に攻撃防禦の方法を尽さしめたうえ判断を下さなければならない必要もない」(理由三枚目表二行目以下)というが、「必要もない」のではなくて、むしろ、法は「当事者に攻撃防禦の方法を尽さしむる」如きは之を排斥して疏明のみに拠らしめたものと解しなくてはならぬ。然るに原審は後述の如く「必要もない」とした攻撃防禦方法を尽さしむる審理を行い全く右の立言と相反する手続を行つたのである。

(2)  執行費用は「疏明に必要なる書面」に拠つて審理せられなくてはならぬ。(民訴法第一〇〇条、第一〇一条)此の事は右(1) に引用した如く、特に当事者に攻撃防禦の方法を尽さしむる必要はないからである。只拠り処は執行記録に存し、之を補強する「疏明に必要な書類」が認められるのである。原審の如く口頭弁論により攻撃防禦を尽さしめ、正規の手続により呼出した証人の取調をなす等は法の規定しないところであつて、之を許さない趣旨と解すべきである。

右の解釈は、之を保全処分手続の規定に対比して考察すれば明らかとなる。即ち保全処分においては専ら、迅速密行を旨とするが故に疏明に拠つて命令を発せられるを原則とするも(民訴法第七四一条、第七五六条)事案によつては口頭弁論の必要もあるので、第七四二条が設けられているのであるが、而かもその場合においても証拠方法は疏明に限られているのであつて実務上証人調も在廷証人に限るとせられているのである。

然るに訴訟費用額確定手続に関しては右第七四二条の如き特則は存在せず、又後述の如く手続自体事後処理的のものとして繁雑なる審理手続を排除していると解せられるから原審において口頭弁論を開き正規の呼出手続によつて喚問したる証人の証言を徴して費用額の一部を確定したことは違法であり、斯る証拠は当然無効であると謂はなくてはならぬ。訴訟費用額を確定する手続として民訴法第一〇〇条以下の規定が疏明による書面審理を意図していることは法文上明かであつて、之は事柄自体訴訟手続完了後の単なる事後処理に過ぎないのであるから、裁判官に書面審理以外の繁雑なる審理負担をかけないことを意図する一方当事者に対しても、手数の繁雑と之に伴う費用負担の増大を強要する結果を招来することを排除する法意と解すべきである。

三、之を本件について見るに第一審の確定した執行費用計算書に

金八、〇〇〇円 昭和四二年二月二一日家屋明渡執行人夫賃(四人分)

を費用として確定した理由を見るに(理由二(一))

「申立人は(中略)人夫賃として金八〇、〇〇〇円を支出したとして、佐川豊次郎の領収証および同人の申立人宛の書面を疏明資料として提出した。

右書面には右金八〇、〇〇〇円の内訳として、人夫約八人(提出後「約」の字が抹消された形跡がある)の日当の外車代ならびに夕食代等が含まれている旨の記載がある。(中略)

その他の点についても格別の疏明はないが、社会通念上、本件の右作業に要する人夫の人員は四人、一人当りの人夫賃は金二、〇〇〇円を以て相手方の負担に帰する執行費用と認めることにした。(中略)」とする。

即ち人夫賃については「格別の疏明」はないとするものであるから、本来必要費用は厳格に解すべきものとすれば「格別の疏明」がなければ之を認め得ないのであるが「社会通念」を以て疏明にかえ、若くは補充して右金八、〇〇〇円を認めたことは妥当であると解せられぬでもないので再抗告人は原審においても其の旨の陳述をしたのである。

四、然るに原審決定は、その添付したる別紙計算書に

四、金八〇、〇〇〇円 同右 右執行人夫賃、

を確定したのである。而して之を認めるに当つては、抗告人(本件申立人)に証拠申立書(昭和四四年十一月十四日附)を提出せしめて之を採用し、証人佐藤正一、同佐川豊次郎等を特別送達に依つて呼出し、之に拠つて得たる証言を証拠として右決定をなしたものである。斯る審理が違法であり仍て得たる証拠は無効であつて之を援用し得ないことは前記二の項に詳述したとおりであつて右金八〇、〇〇〇円の認定は無効である。

尚保全処分手続において口頭弁論を開く特則(民訴法第七四二条)ある場合においてすら右の如き在廷証人にあらざる証人の証言は証拠となし得ない旨は、再抗告代理人が原審において、昭和四五年三月二日附陳述書に詳述したところであり、就中その二項に採用したる「判例タイムズ昭和四五年三月号通巻二四二号、沢田直也、保全執行法試釈中、七六頁三段目終りから五行目以下」の所説(当審にても之を援用する)を主張し、右原審の証人調手続の無効を主張して責問権を行使したのであるが、原決定は「理由二、抗告理由(一)について」(理由、四枚目表七行目以下)三枚に渉り縷々数千言を費して再抗告人の右異議の主張を一蹴したのである。

然しながら原決定の右説示するところは、前後相矛盾するところ多く、先に指摘した「執行手続は定型化せられているので、一般的にはその費用も自ら一定し、特に当事者に攻撃防禦の方法を尽さしめたうえ判断を下さなければならない必要もない」とした説示と全く相反し、筋のとおらない独自の結論というの外はない。結局右八〇、〇〇〇円の人夫賃を認めたことは理由もなく何等証拠なくして之を認めたもので無効である。

五、原審が抗告を理由ありとしたのは、右金八〇、〇〇〇円の執行人夫賃に関する一項目のみであるから、再抗告人が右八〇、〇〇〇円の認定を無効とする前述の再抗告理由が認められるにおいては、原審抗告は結局理由なきに帰し、原決定は取消さるべき筋合で従つて第一審の決定が効力を有することになるので、前掲本件再抗告の趣旨の予備的申立のとおり御決定を求めるものである。

以上再抗告理由第一に述べし如く、執行費用は訴訟費用とは全く異る次元の費用であるが故に民訴法第一〇〇条以下に拠つて之を審理することは違法で一歩を譲り右条項に準じて審理されるとしても、その管轄は執行裁判所に専属するが故に本件は専属管轄の法理に違背して審理し明らかに法令に違背した無効の裁判であるので、原決定及第一審決定は共に取消し本件申立を却下せられたく、仮りに若し之が容認せられないとしても第二の予備的抗告の趣旨に関する理由に述べし如く、原決定は明らかに法令に違背した審理を行い再抗告人に不法の費用負担を命じたものであるから之は当然取消さるべきものと信じます。

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